サイドマウント・ダイビング:脊椎を守り、トリムを極める
サイドマウントは単に狭い石灰岩の隙間を通り抜けるためのものではない。それは脊椎を守り、水中世界で完璧なバランスを見出すための芸術なのだ。

洞窟の静寂は重い。それは水圧そのものよりも強く、鼓膜を圧迫してくる。ここユカタンにあるセノーテの暗い口へと滑り込むとき、私は地上世界の喧騒を背後に残していく。しかし、長年の間、私は別の種類の「ノイズ」を水中へと持ち込んでいた。岩にぶつかるマニホールドバルブの金属音。ジャングルを抜け、水辺まで歩く間に私の脊椎を押し潰そうとするスチールタンクの重圧。
バックマウント・ダイビングは伝統的だ。堅実でもある。だが、それは重荷でもある。
オープンウォーター・ダイバーたちの間には、サイドマウントは「変わり者」だけのためのものだという誤解がある。私たちがタンクを体の脇にクリップで留めるのは、肩幅ほどの狭い穴を通り抜けるためだけだと思われている。地の底へと続く細い喉を、爪を立てて進むためだけだと。
それは間違いだ。確かに、マヤの冥界「シバルバ(Xibalba)」の最も狭い血管を通り抜けるためにサイドマウントは不可欠だが、レクリエーション・ダイバーにとっても、それ以上に価値のあるものを提供してくれる。それは「自由」だ。荷運び用のロバになったような気分を味わわずに潜るための手法なのだ。

暗黒の中で産声を上げた起源
私たちがこの構成(コンフィギュレーション)を考案したのは、SNSで格好良く見せるためではない。それはイギリスの冷たく濁ったサンプ(Sump)や、フロリダやメキシコの原始的で険しい水中構造の中で、必要に迫られて生まれたものだ。
洞窟探検の初期、通路が低くなりすぎれば、バックマウント・ダイバーは止まるしかなかった。背中のバルブが天井を削り、タンクの底はシルトを巻き上げる。探検は、洞窟が拒絶した場所で終わりを告げる。
しかし、探検とは依存症のようなものだ。私たちは、器材を切り離す方法を必要とした。
初期のサイドマウントの先駆者たちは、本質的に水中で器材を解体していた。シリンダーを背中から身体の側面に移動させることで、ダイバーは平らなシルエットになる。私たちは水柱の中の障害物ではなく、水柱の一部となるのだ。イギリスでは乾燥した洞窟同士を繋ぐ短い水中区間「サンプ」を通過するために使われ、ここメキシコでは、何マイルにも及ぶ潜水トンネルを移動するための精密な芸術へと洗練された。
それは生き残るための道具だった。自分のプロファイルを自在に操るための手段だ。もし制限空間(Restriction)を通過する必要があれば、タンクの下部のクリップを外し、前方に押し出す。そうすれば、私は自分の胸の厚みほどの隙間さえあれば通り抜けることができる。
しかし、この設計の論理を理解するために、未踏の洞窟を探索する必要はない。
快適さの論理
スキューバダイビングが身体に与える負担について、正直に話そう。私は、セノーテ・エル・ピットの急な階段を、重いダブルのスチールタンクを担いで降りる屈強な男たちが、苦痛に顔をゆがめるのを何度も見てきた。40キロ近いスチールとガスの重量が、すべて腰椎に集中しているのだ。それは椎間板を圧迫し、膝を痛める。
サイドマウントは、重力のロジックを変える。
サイドマウントで潜る時、私はハーネスとウェットスーツだけを身にまとって水辺まで歩く。体は軽い。ジャガーのような俊敏さで、滑りやすい岩場や険しいジャングルの道を移動できる。タンクは別々に運ぶ。そして水中でそれらを装着すれば、重さは消えてなくなる。
背中に問題を抱えているダイバーや、60代になっても潜り続けようと考えている私たちにとって、これは贅沢ではない。それは「保存」なのだ。
冗長性という安全性
海はあなたの生存に無関心だ。洞窟はさらに容赦がない。標準的なシングルタンクのバックマウント設定では、バルブは一つ、ファーストステージも一つだ。つまり、単一故障点(Single point of failure)を抱えている。もし水深の深い場所でOリングが破裂すれば、バディを頼るか、パニックに近い状態で急浮上するしかない。
サイドマウントでは、独立した2つのガス源を携行する。タンクが2つ、ファーストステージが2つ、セカンドステージも2つだ。
もしトンネルの深い静寂の中で、右側のレギュレーターがフリーフロー(Free-flow)を始めても、私はパニックには陥らない。ただ左側のレギュレーターに切り替えて呼吸を確保し、右側のタンクのバルブを閉めるだけだ。ガスの半分は失ったかもしれないが、まだ残りの半分がある。私は冷静だ。私は生きている。この自己完結能力は、水中での心理状態を一変させる。水面だけを唯一の逃げ道と見なすのをやめ、安全を自ら持ち運ぶようになるのだ。

ストリームラインと「水の歩行者」
私たちが追い求める感覚がある。それは完璧な「トリム(Trim)」だ。
バックマウントでは、重心が高い位置にある。タンクは常にあなたを転がそうとし、意識せずともそれに抗い続けることになる。サイドマウントでは、タンクは脊椎と平行に、脇の下に収まる。重心は低く、身体の自然な軸と一致する。
ウェイトのバランスが完璧に整えば、水平姿勢を保つためにフィンを使う必要さえなくなる。ただ、その姿勢でそこに存在するだけだ。それはまるで空を飛んでいるかのように感じられる。私たちはそれを「トリムが出ている」と呼ぶ。プロファイルは滑らかになり、水は乱れることなく身体を通り過ぎていく。抵抗が減るため、ガス消費量も抑えられる。
セノーテ・カーウォッシュでのダイビングを覚えている。その日、淡水と海水が混ざり合う層、ハロクライン(Halocline)は厚かった。それは鏡のようでもあり、にじんだ油絵のようでもある。バックマウントでそこを通るのは、陶磁器店に迷い込んだ雄牛のように不器用な感覚だ。しかしサイドマウントでその視覚的な歪みの中を滑る時、私は自分が霊的な存在になったように感じた。地球の化学反応の中を通り過ぎる、ただの影だ。
入場料としての「複雑さ」
嘘はつかない。これが簡単だとは言わない。サイドマウントは「買ってすぐに使える(Plug and play)」ようなものではない。
ジャケット型のBCDなら、背負って飛び込むだけだ。多少緩んでいても、大した問題にはならない。だが、サイドマウントは怠慢を許さない。そこには「執着」が必要だ。オンラインで器材を買ってそのまま海へ、というわけにはいかない。特定のドリルやリギング(Rigging)を教えてくれる認定インストラクターが必要だ。
タンクを正しくセッティングしなければならない。ボルトスナップは正確な高さに。タンクのバルブを首の近くに保持するバンジーコードは、絶妙なテンションで。緩すぎればタンクは死んだ翼のように垂れ下がり、抵抗を生んで見た目も無惨になる。きつすぎれば、バルブに手が届かなくなる。
ガス管理も慎重に行う必要がある。片方のタンクを空になるまで吸ってから切り替える、というわけにはいかない。左右の重量バランスを保つために交互に吸う必要があるのだ。左から30〜40バール吸ったら、切り替える。右から30〜40バール吸ったら、また切り替える。それはリズムであり、精神的なリソースを必要とする作業だ。
多くのレクリエーション・ダイバーにとって、この「手間」は煩わしいものだろう。彼らはただ魚を見たいのであって、ウェストベルトのスライディングDリングの調整に20分もかけたくはない。もし器材を学ぶ意志がないのなら、サイドマウントを嫌いになるだろう。ホースと金属が絡まり合った無様な姿を晒すことになるからだ。
構成の比較
この道があなたに向いているかどうか、以下の比較を見て判断してほしい。
| 特徴 | シングル・バックマウント | サイドマウント |
|---|---|---|
| 準備時間 | 早い(5分) | 遅い(最初は15〜20分) |
| 陸上移動 | 重く、腰に負担がかかる | 軽い(部品ごとに運べる) |
| ガス供給 | 単一ソース(リスクあり) | 冗長(2つの独立したソース) |
| エントリー | ジャイアントストライド等 | 水中で装着可能(楽) |
| ストリームライン | 抵抗が大きい | 非常に小さい(調整次第) |
| 習得難易度 | 低い | 高い(スペシャリティ講習が必要) |

リギングという儀式
サイドマウントの器材をセットアップすることには、瞑想のような側面がある。私はそれが好きだ。バンジーをチェックし、ロングホースを胸に這わせる。クリップがスムーズに動くか確認する。それはダイビングに向けて心を整える儀式なのだ。水に触れる前から、私をスローダウンさせてくれる。
ここトゥルムで生徒たちを教えていると、初日は彼らの目に苛立ちの色が見える。ホースに絡まり、クリップを掛け間違え、ぎこちなさに戸惑う。
しかし、通常3日目になると、何かが「カチッ」と噛み合う。
セノーテ・ククルカンへと潜降する彼らは、器材と戦うのをやめる。棚の下を覗き込むために逆さまになっても、タンクが自分に寄り添っていることに気づく。ハーネスの自由さを感じ、手で泳ぐのをやめる。そして、静止する。
サイドマウントの本質は、小さな穴を通り抜けることだけではない。水そのものと一体化することだ。あなたと環境を隔てる壁を取り払うことなのだ。
暗い場所へ潜る時も、あるいはコスメルの色鮮やかなリーフを流す時も、あなたはそこに「属している」と感じたいはずだ。バックパックを背負った訪問者としてではなく、流体世界の生き物として。
この構成には敬意が必要だ。練習も要求される。しかし、一度あの無重力, 真の意味での無重力, を味わってしまえば、もう二度と重いスチールタンクを脊椎に縛り付けたいとは思わなくなるだろう。